三条通近代建築ツアー(毛霙)

かつての東海道五十三次は江戸・日本橋を起点とし、その終点は京都の三条大橋。というわけで、明治時代に三条通は京都のメインストリートだった。当時の三条通は流行の先頭に立ちしゃれているところとされ、旧日本銀行京都支店や中京郵便局など多くの近代建築が立っていた。昭和時代に入り、新たな都市計画のおかげで、御池通・烏丸通をはじめる市内主な道路が広くなった。しかしながら、その上の近代建築を保護するため、三条通の広さは変わらなかった。そのゆえ、京都三大祭の一つに数えられる祇園祭、山鉾巡行の経路の中で三条通があったが、今山鉾は隣の御池通を通るようになった。

2000年のリノベーションをきっかけで様々なお店ができ、今日の三条通はもう商店街となった。だが、それにもかかわらず、道の両脇に多くの洋風建築が昔ながらの姿で立ち並んでいる。1928ビルがその中の一つである。

名前が建築年に由来するこのビルは、大阪毎日新聞社京都支局ビルとして建築されました。昭和天皇のお越しを歓迎するのを考慮に入れ、短い時間で建てられたそうである。当時最新の西洋技術を採用し、木造の代わりに鉄筋コンクリートを材料として建築され、この近くで一番高いビルとなった。また、頂上に看板が設置され、地域の住民に毎日の天気情報を知らせる重要な発信元でもあった。窓口の星形が社章の形に由来するのだそうである。1999年、このスペースが現代の多様なニーズに対応すべく新しい設備を加え、「アートコンプレックス1928」となった。ギアというエンターテイメントが今ここで上演している。

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ビルの内部を見学させていただいてから、私たちは京都文化博物館の別館へ向かって行った。当日そこでは「三条節分もちつき大会」が開いている。獅子舞とマスコットの演出で盛り上がっている会場で、私は初めてもちつきの体験をして、美味しいおもちも食べた。


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三条通を歩きながら、町の歴史を聞く。ここにある近代建築を通り過ぎると、まるで明治期の面影が窺える。

日本曾经的国内交通要道——东海道,其最西边的端点是位于京都三条通上的三条大桥。正因如此,三条通奠定了它在昔日京都街道中的重要地位。明治大正时期,这里汇集了许多金融相关的机构,建筑多采用当时流行的西洋风格,而并非传统的日式木结构瓦顶房。在那个年代,这条街道的面貌大概就能代表人们心中对摩登、文明和现代化的印象。进入昭和时期后,由于城市改造的需求,许多主要街道如御池通、四条通、乌丸通等都被拓宽,而三条通则由于遍布各种重要的近代建筑而维持了原样。
京都著名的祇園祭,重要环节之一的山车巡行就曾经将三条作为经路。但由于此处后来渐渐成为商业街,加上道路狭窄,山车巡行改为通过邻近的御池通。2000年,三条通经历了一次改建,此后,原本为办公区域的三条上开始出现各种店铺及商用建筑。不过,三条通上的近代建筑们仍旧保留了当时的风貌。1982大楼便是其中之一。

为迎接昭和天皇的到来,1928大楼被在极短的时间内建造起来,是当时这一地区最高、也是唯一的钢筋混凝土建筑。这栋建筑成为区域内重要的信息发布处,楼顶上装着一块写有当天天气的布告板,附近居民都靠它来确认晴雨状况。据说那时候作为新鲜东西的钢筋混凝土建筑技术接受度还不高,建筑工人们在建造它的时候,曾有过卖掉钢筋换酒钱的事。
战后至1998年,每日新闻社的京都支局在此办公。建筑物窗户的星状外就是来源于每日新闻的星形标识。如今此处是作为艺术综合体在运营,内部有服装店、咖啡店等,还进行着舞台剧Gear的公演。

参观完1928大楼,我们走向三条通上的京都文化博物馆别馆。这里正在举行节分时例行的打年糕大会,会场因狮子舞和吉祥物人偶的演出而格外热闹。拿起大锤,我也亲自上阵体验了一把打年糕的滋味,还吃到了新鲜出炉的美味年糕。
三条通犹如一枚时间胶囊。行走在一栋栋当代建筑间,听着这条街道上的往事,仿佛也能感受到它们昔日的盛况,窥见了昭和时期京都的面影。(毛霙)